誕生後の歩みを陸上競技協会が主管してきた主な競技会などでたどってみよう。
川越市民体育祭陸上競技の部
川越市民体育祭陸上競技の部は、毎年11月3日に開催された。川越1中、富士見中などを会場とし、当日は市内各町内会が趣向を凝らしたプラカードなどを作り集合、町内対抗競技や職域対抗リレー、体協加盟団体対抗リレーなどが行われ、市民の体力向上とスポーツによる人間形成の貢献、また市民の憩いとして人気があった。人口の増加により各町内会が一堂に会する大会は出来なくなったが、その伝統は、各自治会主催の運動会や川越運動公園陸上競技場で8月に開催される川越市民体育祭陸上競技一般の部に引き継がれている。
川越市内一周駅伝競走大会
昭和23年から開催された市内一周駅伝競走大会は、市内中央通りを走るものであり、町内会チーム、職域チーム、協会加盟チームなどが参加する大会で、市民に陸上競技の楽しさ素晴らしさを知っていただく絶好の機会となり、陸上競技愛好者の育成に貢献する結果となった。交通事情により伊佐沼周辺、吉野小周辺、水上公園などコースは変化したが、毎年12月に川越運動公園陸上競技場周回コースで開催される市民駅伝競走大会に引き継がれ現在に至っている。
川越運動公園陸上競技場の建設
昭和42年、埼玉県で国体が開催され、母体である川越市体育協会の活動が一層充実された。川越陸協は早くから日本陸連公認陸上競技場の建設を市当局に要望してきたが、故磯部績氏や関口正鉄氏ら陸協幹部の積極的な運動により、平成4年に陸上競技場が建設された。日本陸連公認2種陸上競技場である。現在は、学総体西部地区大会、国体予選西部地区大会、西部地区新人陸上競技大会が開催されるなど川越市民だけでなく埼玉県西部地区にとって、欠かすことの出来ない陸上競技場になっている。現在、改修工事を行っており、平成25年4月、日本陸連公認陸上競技譲渡して再スタートする。
川越ウォークソン大会
昭和57年11月3日、第1回川越ウォークソン大会が開催され、私たち陸協も体育協会などとともに主管を務めた。第1回から10回までは「蔵作り町並みコース」で、スタートは市役所前。第11回以降が「田園コース」でありスタートゴールは陸上競技場であった。毎回3000名を越す参加者があったが現在は中止されている。
小江戸川越マラソン
平成3年4月、ライオンズクラブが主催し川越陸協が主管する「第1回小江戸マラソン」が開催された。川越陸協が取り組んだ初めての全国規模の大会である。紆余曲折があり一時中断したが、平成22年川越市、商工会議所、観光協会など主催者は変わったが「小江戸川越マラソン」として復活。第1回から1万人規模の参加を得た。今年は11月25日の開催され第3回は、参加いただいたランナーの皆さんからも高い評価を得ることが出来た。
川越市陸上競技協会歴代会長
初代会長 磯部 績
2代会長 内田 秀夫
3代会長 大竹 正雄
4代会長 浅倉 正夫